ウクレレ・レジェンズ・イン・コンサート
伝説のウクレレ巨人たち 〜 ビル・タピア、エディ・カマエ、オータ・サン
スペシャル・ゲスト 〜 ライル・リッツ

*** おしらせ ***
*** ライル・リッツ氏 新たに出演決定! ***
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2月10日のウクレレレ・ジェンド・イン・コンサートのラインアップに、ウクレレの巨匠ライル・リッツが加わりました! 102才のビル・タピアはハワイに来ることができなくなりました。2ヶ月前の骨折が思うように回復せず、カリフォルニアを出てはいけないとドクターストップがかかりました。 ビル自身はこのイベントに参加してみんなの前で演奏する事を熱望し、そのために備えていたのですが、最終的に医師の許可が下りませんでした。この緊急事態に、オータサンやビル・タピアとも親交の深いライル・リッツが出演を快諾してくれました。 |
「この知らせには驚かされたし、ビルが来られなくなったのはとても残念だが、もう一人まぎれなきレジェンドであるライル・リッツの演奏を聴けることになった。ライルはオレゴン州から駆けつけ10日、13日の両日、演奏してくれる。これは素晴らしい事だし、我々にとっても嬉しいニュースである」とイベントのエグゼクティブ・プロデューサーでもある関口和之はコメントしています。
さらにLori Estrada of ACN communicationsの協力を得て、画期的な最新テクノロジーの力で
ビル・タピアの生演奏を、遠くはなれたカリフォルニアから、ステージ上のスクリーンに映し出すことが決まりました!
■ ライル・リッツについて ■
ライル・リッツは間違いなくウクレレ・レジェンドと呼ばれる一人である。ジャズの楽器としてウクレレを用いたレコーディングを初めて行った人物だ。
当時ウクレレはハワイアンの伴奏楽器としてのイメージが強かったが、ライルはそうは思わなかった。伝説のギタリスト、バーニーケッセルの勧めで1957年『How About Uke?』と、'59年『50th State Jazz』と2枚のウクレレアルバムをジャズのメジャーレーベル、ヴァーヴからリリース。
大ヒットまではいかなかったが、コアな音楽ファンに支持され、ハワイにおいては大きな反響があった。
60年代から70年代、ライルはセッションミュージシャンとして確固たる地位を築いた。有名なところでは、ハーブ・アルパートの『Taste of Honey』、ライチャスブラザーズの『You've Lost That Lovin' Feeling』、 ビーチボーイズの『Good Vibrations』などのレコーディングセッション、
『Kojak』などのサウンド・トラック。ウクレレでは『The Jerk』でスティーブ・マーチンがウクレレを弾くシーンの吹き替え、と枚挙にいとまが無い。
1985年にロイ・サクマのウクレレ・フェスティバルにゲスト出演したのをきっかけに、再びハワイで注目を集め、自分では引退したつもりが、ウクレレやベースを弾き続けることになり、2004年、遂には3枚目のウクレレアルバムをリリース。オレゴン州に移り住んだ今も愛用のテナーウクレレでコードソロとも呼ばれる独特のスタイルでウクレレプレイヤーとして活躍を続けている。
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ウクレレの3大レジェンドが初共演!
*** ウクレレ・レジェンズ・イン・コンサート ***
2月13日、カカアコ公園で開かれる第2回ウクレレピクニックインハワイを記念し、今回限りのスペシャルなコンサートが2月10日に行われます。ビル・タピア、エディ・カマエ、オータサンというラインナップはウクレレファンにとっては信じがたい快挙といえるでしょう。伝説のウクレレの巨人たちのそろい踏みです。もちろんハワイでも初めての組み合わせです。2度と見ることができない貴重でメモリアルなライブとなる事でしょう。ぜひ見逃さないで下さい。
アロハタワーマーケットプレイス内、アロハタワーを背にして海を望むと、海際にステージがあります。黄昏から夜へと移り変わる光景も美しい会場です。アルコール類も販売しますので、ゆったりとくつろぎながら演奏をお楽しみください。飲み物、軽食は会場内で販売しております。
なお、写真撮影、録音、映像の録画は固くお断りします。
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2010年2月10日 6:30 ~ 9:00PM
開場 5:30 PM
アロハ・タワー・マーケットプレイス・ウォーターフロント
住所: #1 Aloha Tower Drive, Honolulu HI 96813
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![]() ホノルル・アドバタイザー紙 |
チケットと コンサートオフィシャルTシャツは、 ウクレレぷあぷあで販売中です。 |
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「我々が伝説の目撃者となる日」
コードとメロディを同時に演奏する奏法を究め、比類なき演奏スタイルを確立したオータサンこと、ハーブ・オータ。80枚以上のアルバムを作り、ウクレレの神様と呼ばれ、日本の第2次ウクレレブームに火をつけたと言われるオータサンの信奉者は世界中にいる。
その師匠とも言うべき存在がエディ・カマエだ。若き日のオータサンに大きな影響を与えた。エディはすでに有名な演奏家だったが、その後、自身がリーダーを務めるThe Sons of Hawai`iとともに70年代のハワイアンルネッサンスにおいて重要な役割を果たした。80年代に入ってから作り続けているハワイアンミュージックのルーツをたどるドキュメンタリーの映像作品は、ハワイの子どもたちを今も啓蒙し続けている。
そのエディよりもひと世代前に生まれ、ハワイアンミュージックが外の世界の影響を受けて洗練の道をたどり始めた20年代から活躍し続けるのが1908年生まれのビル・タピアだ。ウクレレを初めて作った人とされるマニュエル・ヌネスから直接ウクレレを買ったところから彼の伝説は始まる。10才からプロミュージシャンとなり、世界ではじめてウクレレでジャズを弾いた人とも言われる。ビルは以降、メインランドに渡りジャズのフィールドで演奏活動を続け、90歳を過ぎてから初めて、自身のリーダーアルバムをリリースした。
彼らのフィールドはそれぞれ違うが、共通しているのは、今もウクレレとともにプロフェッショナルな演奏家として活躍を続けている事だ。それぞれ先人から影響を受けながら独自の道を歩んだ3人、ウクレレを弾き、音楽を愛する僕らが彼らから受け継がなければいけないものはまだまだたくさんあると思う。それを確認できる機会でもある。
2010年、2月10日、数えきれぬ伝説をそれぞれ作り続けて来た彼らが、今度はともに新しい伝説を作る日がやって来た。
3人で共演するのはもちろん初めてだ。ひとつのステージで彼らはそれぞれ違うスタイルの演奏を披露する。至福のひと時が幻のように過ぎるに違いない。そして我々は伝説の目撃者となるのだ。
関口和之(エグゼクティブ・プロデューサー)




